2004年09月19日
発表≠研究?
研究者として、目に見える形で業績として残りやすいのは、論文、発表です。いくらいいアイディアを持っていても、いくら革新的な理論を思いついても、論文を書かなかったら自分のものとはならず、もしも他の人が先に論文を書いてしまうと、その人が考えた理論として歴史に残ってしまいます。
逆を言うと、論文を書けたり、発表ができるということは、研究者としては業績が残るという点で大変喜ばしいことです。大学の研究室という性質上、閉じた空間でのゼミは学生の時代からたくさんやりますが、さすがに外の学会に発表などをするのは、外の研究機関の研究者のシビアな目に晒されるわけなので、学生のうちはなかなか出来ないというのが現状です。
ここからが僕の個人的な意見ですが、発表とか論文を書くことなどに対し、喜びを感じない人がいるようです。これには色々要因は考えられるんですが、
逆を言うと、論文を書けたり、発表ができるということは、研究者としては業績が残るという点で大変喜ばしいことです。大学の研究室という性質上、閉じた空間でのゼミは学生の時代からたくさんやりますが、さすがに外の学会に発表などをするのは、外の研究機関の研究者のシビアな目に晒されるわけなので、学生のうちはなかなか出来ないというのが現状です。
ここからが僕の個人的な意見ですが、発表とか論文を書くことなどに対し、喜びを感じない人がいるようです。これには色々要因は考えられるんですが、
- 研究を進めたい派 論文を執筆したり、発表用の資料を作ったりするのは、確かに作業量としてかなりのものがあり、その間研究が滞るのは否めません。色々やりたいことがあるのに、できないというもどかしさから、発表などを敬遠する人がいるかもしれません。
- 文章書き等苦手派 論文などの文章を書くのが苦手だったり、大勢の人の前で話すのが苦手だったりすると敬遠する傾向があるようです。これに関しては、訓練して慣れていくしかありませんから、本来は大きな問題ではないような気もします。
- 納得できない派 研究の成果がまだ中途半端で発表すべきではないと思っていたり、人から与えられたテーマや成果で自分の仕事がほとんど入っていないので自分名義で発表することがはばかられたりするケースがあるようです。これに関しては結構難しい問題もあります。特に大学の研究室では、研究成果が究極の状態になった途端、修士を卒業する例も少なくありませんから、発表はその下の後輩にまかせるということもよくあります。
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- by fujie
- at 09:39
- in 研究
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